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吉田裕幸 / 勝山高等学校蒜山校地副校長
川上翔 / 真庭市郷育魅力化コーディネーター

「失敗する学校」を掲げる小さな高校に、全国から応募が集まるワケ

どこまでも道はまっすぐで、あたりは高原が広がっている。
なんとなくゆったりと時間が流れていて、ぐいっと背のびをしたくなる。

そんな岡山県北の真庭市にある蒜山高原(ひるぜんこうげん)。
雄大な蒜山三座と、放牧されたジャージー牛たち。そこに、岡山県でいちばん小さな高校「岡山県立勝山高等学校蒜山校地」がある。勝山高等学校の本校は、市内の別の場所にあり、「校地」と名のつく高校は岡山県にたったひとつ。
いま、その蒜山校地が注目を集めている。生徒の全国募集を始めてまもなく、「蒜山校地に行きたい」という中学生からの問い合わせが全国から続々と届いている。

・地元の中学校と連携して行う蒜山の風物詩「茅刈り」
・3年生が中心となって蒜山地域内外の人たちと実施したフェス「HIRUKO SUN3 FES(ヒルコウサンサンフェス)」
・生徒(蒜山校地以外の高校生も参加)や教職員、地元の方々が一緒に「蒜山の未来」について意見交換する「蒜山ミライ会議」など

ひとつひとつ丁寧に取り組み、メディアからも注目されている。

なぜ、蒜山校地はそこまでできるのか。蒜山校地のなかで何が起こっているのか。吉田裕幸副校長と、蒜山校地に関わる川上翔氏(真庭市郷育魅力化コーディネーター)にお話を伺った。
蒜山校地とはどのような高校ですか?
吉田:
全校生徒が68名(令和6年10月現在)という少人数で、蒜山の自然豊かな環境にある高校です。特長で言えば、制限の少ない「自由な校風」だと思います。例えば申請をすれば、アルバイトも原付免許の取得もOKです。服装も令和6年9月からTPOに応じて自由服が可能となりました。
また「リスタート」がキーワードの高校でもあります。中学時代にいろんな背景を抱えていて学校に行っていない期間があったり、あるいはコミュニケーションや学習面で苦手意識があったり。そういう子たちが蒜山校地なら「リスタート」できる。それも蒜山校地の特長のひとつだと思っています。

川上:
ハームリダクションという考え方があって、簡単に言うと「抑圧や禁止ではなく、緩和でダメージを軽減していくこと」なんですが、蒜山校地は教育的なハームリダクションを実践している高校なのかなと思っています。
髪の明るさも、ピアスの穴とかも、「それはダメだ」と頭ごなしに否定しない。そういうひとつひとつを認めて、自己実現への気持ちを大切にすること。そして「大丈夫」と学校の中でちゃんと居場所をつくること。まずは学校に来たことを歓迎して、みんなに居場所があることを示す。そうしていこうという思いが、先生の共通認識にある高校だと思います。

吉田:
距離が近いですよね、生徒と先生の「距離」がとても近い。なんでも相談しやすいのはもちろんですけど、蒜山校地の先生は進路や成果を求めることに偏っていません。それよりも生活であったり、ひとりの人間として寄り添っているから、距離が近いように感じます。「普段から一緒にいる仲間」のような先生ばかりです(笑)。
蒜山校地のキャッチコピー「失敗する学校」。とてもインパクトのある言葉ですが、そこに込めた想いを教えてください。
吉田:
よく「良いキャッチコピーですね」と言ってもらいます(笑)。「失敗しても大丈夫」というメッセージです。蒜山校地では授業のなかでよく地域に出ていくのですが、多くの高校は「地域に出るからには、恥ずかしい姿は見せるなよ」という圧があったりします。イベント時も「ちゃんとしている生徒しか出さない」であったり。
でも、そこは「失敗してもいいから、みんなで思いっきりやっちゃれ!」と。例えば、企業さんに失礼なことがあったとしても、そのときは私たち先生も一緒に「すみませんでした」って謝れば良い。やる前から選択肢を奪わない。失敗していい。そんな度量の大きさがあると思います。

川上:
じつは、このキャッチコピーって生徒たちが考えたものなんです。生徒たちが蒜山校地での学校生活を通じて導き出した言葉です。
「失敗する学校」も、キーワードになっている「リスタート(再出発)」も、先生から押しつけられるのではなく、「私たちの高校ってこういう高校だよね」と自分たちで表現したものです。それが校風となっている。蒜山校地の良いところだと思います。
「授業のなかでよく地域に出ていく」ということですが、それがメディアでも取り上げられている「CP」という授業でしょうか?
川上:
CPだけではありませんが、メインはそうです。CPは「Community building Project」の略で、この授業名も生徒が考えたものです。地域学と探究学習を組み合わせたような授業を、プロジェクトベースで行っています。
地域課題を自分ごとに捉え、高校生なりに「魅力化」に結びつけたり、課題解決に働きかけることを、対話的かつ実践的に進めています。

※これまでに――
・蒜山の風物詩「山焼き」に着想を得て、「香りを通して蒜山を思い出してもらえるお土産をつくろう」とお香「蒜香(ヒルコウとかかっている)」の製造販売
・古老から聞いた特別天然記念物「オオサンショウウオ(実際、蒜山に生息)」の味を鶏肉を用いて再現した料理の試作提供
・ウクライナの郷土料理と蒜山の特産品をかけ合わせた「ピロシキ」の製造販売 など

「こんなのやってみたい」とか「面白そう」を実現する授業でもあります。しかも生徒も先生も一緒になって取り組める授業です。例えば、蒜山の特産品を使ったピロシキをつくるなんて、当然みんなはじめてで(笑)。生徒も先生も一緒になる、勉強が苦手でも全員に出番や役割があるというのが、CPの特長だと思います。

吉田:
CPのとき、みんな良い顔してるんですよ。その象徴のひとつが「HIRUKO SUN3 FES(ヒルコウサンサンフェス)」です。1年時からのCPを経てきた3年生が「蒜山のファンを増やしたい」「これまで関わってくれた企業さんやお店さんに恩返ししたい」と自分たちの言葉で語って実現しました。
もともとの予算には入っていなかったんですけど、「生徒がやりたいって言ってるんだから、やろう」と(笑)。支えてくださった地元の企業さんやお店さんも70社以上あって、おかげさまで大盛況のうちに終えました。
そんな蒜山校地の向かいに、学生寮を兼ねた「真庭市学習交流センター」が新しくできるとお聞きしました。
吉田:
蒜山校地から徒歩1分のところに、2025年4月オープンします。寮の機能を持ちながら、地域の人や小中高生の交流施設でもあります。寮としては、「新しさ」はもちろんのこと、20室はすべて個室。Wi-fiも完備。有料にはなりますが、平日(月〜木)は夕食を提供する予定です。
この新しい寮が「新入生の全国募集」をしている蒜山校地の追い風になっています。また広い交流スペースがあるのも魅力です。地域の人たちや小中高生が交流して「一緒に面白いことをしよう!」がどんどん生まれていく仕かけを準備しています。

川上:
中高生にとって学校でも家でもない「たまり場」というか、「居場所」になれば良いなと思っています。地域の方にとっては学校ほど敷居の高くない「気軽に立ち寄れる場所」を考えています。カフェが入るのも良いですよね。地域の人と高校生がまざったサークル活動が生まれても良い。
行けば、高校生や僕たちのようなコーディネーターと出会って、一緒に「これやってみたい」「こんなの面白そう」ができる場所になればと思います。
吉田:
コーディネーターの存在は大きいと思います。いま蒜山校地は教職員がチカラを合わせて細やかに生徒を全力サポートするよう努めているのですが、さらに加えて数名のコーディネーターが関わってくださっています。そのため、生徒ひとりひとりにより細やかな寄り添いができていると思います。
ありがとうございます。最後に読んでくださっている方へのメッセージをお願いします。
吉田:
蒜山校地を一緒につくっていきましょう。ルールを変える、部活をつくる、イベントを企画する、授業を提案する。蒜山校地ならそれができます。学習交流センターの使い方もこれから一緒につくっていくことができます。
蒜山校地はいま、新入生を全国から募集しています。相談や見学も随時受け付けており、蒜山校地のHPや「地域みらい留学」にも情報を掲載しています。お問い合わせ、お待ちしています。
蒜山校地HP
https://www.hiruzen.okayama-c.ed.jp/

地域みらい留学HP
https://c-mirai.jp/schools/341ea75a-91df-43d6-a987-2ad03b5c4e4a
川上:
蒜山校地ってじつは最先端のことをしているなと思っています。生徒の自主性を重んじていて、かなり自由度が高い。そういうオルタナティブ・スクールは全国にいくつもありますが、公立校でそれを実践しているのはとても珍しいんじゃないかと思います。これからの教育の形が、ここ蒜山校地にあるような気がしてなりません。