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西野博之
認定NPO法人フリースペースたまりば理事長

【前編】「川崎市子ども夢パーク」を立ち上げた西野博之さん講演会。「みんなで作ろう!〈やってみたい〉が生まれる場所」

2023年12月23日に、「みんなで作ろう!〈やってみたい〉が生まれる場所」をテーマに「大丈夫の種を撒こう」と題して、西野博之さんの講演会がおこなわれました。

真庭市が、住民の方々と一緒に「子どもの育ち」を本気で考え、本気で取り組む。その一歩目となる講演会。
講演会に先がけて、12月上旬には西野博之さんが所長を務めていた「川崎市子ども夢パーク」のリアルを描いたドキュメンタリー映画「ゆめパのじかん」が市内6ヶ所で上映されました。

遊んで、ころんで、たちどまって……。だれもが安心して自分らしく過ごせる場所で、ときに悩みながらもみずから考え歩もうとする「子どもの力」「居場所の力」を描いた「ゆめパのじかん」。
「やってみたい!」をおもいっきり表現する子どもの表情、そしてそんな子どもをおおらかに見守る大人の姿に出会える映画です。

西野博之さんプロフィール
認定NPO法人フリースペースたまりば理事長。川崎市子ども夢パーク・フリースペースえん他、各事業総合アドバイザー。1986年より不登校児童・生徒や高校中退した若者の居場所づくりに関わる。91年、川崎市高津区にフリースペースたまりばを開設。以来、不登校児童・生徒やひきこもり傾向にある若者たち、さまざまな障がいのある人たちとともに地域で育ちあう場を続けている。98年から川崎市子ども権利条例調査研究委員会の世話人として条例策定に関わり、その具現化を目指した施設「川崎市子ども夢パーク」の開設運営に尽力。2021年3月まで15年間所長を務めた。

川崎市子ども夢パーク
https://www.yumepark.net/
◆不登校・いじめ・自殺。自己肯定感の低い子どもが多いという事実


西野:
みなさん、こんにちは。真庭に来るのをとっても楽しみにしていました。まずなぜ子どもの居場所が必要なのか。その背景からお話したいと思います。

いま、不登校が増えつづけています。その数、約30万人。中学生の17人に1人が不登校です。引きこもりも推計値146万人を超えました。背景のひとつに「いじめ」があると思うのですが、文科省の発表はなぜか、いじめによる不登校は0.3%と発表しています。
調査によれば、いじめのピークは小学2年生だそうです。小さな子どもがどれほどストレスをためているかわかります。私たちはそんな社会をつくってしまっています。

そして子どもが生まれてきません。去年生まれてきた赤ちゃんの数が80万人を割り、データを取りはじめた明治時代(1899年)から、過去最低になりました。
これだけ少子化が止まらないのに、子どもの「自殺」だけは増え続けて、高止まりしています。おかしくないですか? 10歳(小学4年生)から39歳まで、死亡原因のトップが「自殺」。こんな国、世界に例がありません。去年1年間だけで、514人もの子どもが死んでいきました。毎日1人の子どもが自殺しても、365人にしかなりません。その数を大幅に超えているわけです。

日本の子どもの特徴は、自己肯定感の低さです。自分のことを「だめだ」「ばかだ」と語る。どうしてこんなに子どもたちは自己肯定感が低いのだろう。
考えた結果、「大人の不安」が関係しているんじゃないか。「子どもに失敗させたらかわいそう」「わたしの子育て、このままでいいの?」「正しい親に見られたい」子どもの評価が、親の評価に結びついてしまう……。
だから、親は正しさ、完璧を求めすぎてしまう。「これぐらいできてあたりまえでしょ」「なんでこんなことができないの」正しさが充満して、子どもは弱音を吐けません。

象徴的な事件が「船戸結愛ちゃん事件」です。わずか5歳の結愛ちゃんが毎朝4時に起こされて言われるわけです。「勉強しろ。しっかりひらがなぐらい書け。こんな計算ができないでどうする」逃げ場なんてありません。そして、結愛ちゃんはひらがな練習帳に、こんなに見事な日本語の文章を書き残して命を落としていきました。

ママ。もうパパとママにいわれなくてもしっかりと きょうよりか もっともっとあしたはできるようにするから もうおねがいゆるして ゆるしてください おねがいします ほんとうにもうおなじことしません ゆるして きのう ぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおす これまでどれだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめるので もうぜったい ぜったい やらないからね

5歳の女の子が、「遊ぶってアホみたいだからやめる」と言って死んでいく。どれだけ親から言われてきたかがわかります。こんな社会を私たちはつくり出してしまっているわけです。

また、学校に行けないだけで子どもたちが死んでいく。そんな状況を目の当たりにして、「子どもの命を真ん中に据えた、安心して過ごせる居場所をつくりたい」と私は6畳と4畳半のアパートを借りて、「ともに生きていく場づくり」を始めました。救えなかった命が何人もあるから、私たちは始めたわけです。
◆子どもの「やってみたい」よりも「やらなければならない」が優先される社会


西野:
はじめてまもなく、川崎市で「子ども権利条例」づくりが始まります。大人だけではなく、子どもと一緒につくりました。
第27条には「子どもには、ありのままの自分でいること、休息して自分を取り戻すこと、自由に遊び、もしくは活動すること、または安心して人間関係を作り合うことができる場所。(以下、「居場所という」)が大切であることを考慮し、市は、居場所についての考え方の普及並びに居場所の確保及びその存続に努めるものとする」とあります。

この条文が入ったことで、1万平米の敷地内に、子どもの遊び場づくりとフリースペースづくりが始まりました。念頭にあったのは、「やってみたいこと」に挑戦できる環境をつくろうということ。
「やってみたいということをやらせてもらえないじゃん」「木にのぼりたいんだから、のぼらせてよ」「なんでもかんでも危ないからって禁止にしないで」そんな子どもの声に耳を傾けてきました。

現代は「やってみたい」よりも「やらなければならない」ことが優先される社会です。「おい、今日は塾だぞ」「英語教室だ。その後は水泳教室」いつのまにか、大人が子どもの時間をすべて切り刻んでいます。
でも本来、子どもにとって「遊ぶ」というのは「生きることそのもの」です。いま注目されている非認知能力も「遊び」から育まれます。非認知能力とは、テストの点数や偏差値など「数値」で表すことができる認知能力に対して、数値で表すことのできない能力を言います。たとえば、好奇心やコミュニケーション能力、考える力、困難から立ち上がる力などです。
予測不能なこれからの社会、自分で深めて考えていく力が必要だからなおさらこの「非認知能力」が注目されているんです。
◆その支援は、本当に子どもが望んでいることなのだろうか
西野:
パークのなかには、日本初の公設民営型の不登校児童生徒のための学びと育ちの場「フリースペースえん」があります。毎日お昼ごはんをつくって食べる。楽器の演奏をしているとなりで、ゲームをやっている子がいたり、ものづくりをしていたり。どんな障がいの子も受け入れるところです。
多くの公的施設では、障がいのある子が受け入れてもらえない。茶髪、金髪の子が来たら「きみ、帰りなさい」と言われてしまう。でもいろんな背景を抱えている子たちがいる。だから発達障がい、知的障がい者はもちろん、統合失調症、うつ病のような精神疾患の人、車いすで食事の介助が必要な身体障がい者も混ざっています。
「生きてるだけでOKだから。学校行けるとか行けないとか、勉強できるとかできないとか、そんなことは二の次。生まれてきただけで奇跡なんだよ」これが私たちの理念です。

なにかしてあげないと落ち着かない大人たちが多いんです。
「その支援は、本当に子どもが望んでいることなの?」「大人の良かれは、子どもの迷惑」が夢パークの合言葉。指導が多すぎるんです、この社会は。弱さがさらけ出せる、むだな話もいっぱいできる「いたいようにいられる場所」を居場所と呼ぶんです。

子どもはみんな「知りたい」「わかりたい」「やってみたい」を持っています。フリースペースえんに通ってくれている89歳の科学の先生が「学力とは」について、「出会いをものにする力」と痺れることを言ってくれました。大人が邪魔しなければ、子どもたちはみずから試行錯誤をくり返して、小さな失敗を経験しながら、出会いをものにする力を育んでいく。
だから大人にできることは、「伸びていこうとする子どもの邪魔はしない。好奇心の芽を摘まない」と決めることです。
◆大丈夫の種を撒こう


西野:
子どもを「大丈夫」に包んであげればいいんです。
発達障がいの考え方も問い直したほうがいい。多動が問題児と言われています。でもみんなじつは多動のDNAが身体のなかに埋め込まれている。何百万年もの歴史のなかで人類は外敵から身を守るため、「多動」で生き残ってきました。
それにも関わらず、6歳になった途端、教室に入れられ「はい、手はおひざ。動いちゃダメ。おくちチャック。先生を見て、黒板を見て」と45分授業を5時間とか言われるわけです。

走りまわる子はね、困った子じゃなくて、困っている子なんですよね。むしろ、ひとりひとりの子どものありように適応できていない学校教育側の課題と考えた方がいいのではないでしょうか。
私たちは「障がいは身体の内側ではなく、外側にある」という考え方を取り入れています。「医学モデル」ではなく「社会モデル」。このひとを治そうじゃなくて、社会や環境のほうを変えていこうというまなざしで活動しています。

「大丈夫の種を撒きましょう」
子どもは安心できる居場所のなかで「大丈夫」に包まれると、自然と意欲がわいて自分の頭で考えて、自分の足で歩き出します。だから私たちは「大丈夫」を伝えるだけでいいんです。
親にできることは、「くう・ねる・だす」に気を配ること。これだけです。「食べられているか。寝れているか。うんちが出てるか」これ以上のことまで親がやろうとすると、子どもとの関係がうまくいかなくなるのです。

子どもたちの育ちに必要なのは、「安心・安全でいられる楽しい場と人間関係」あとは「まわりにいる大人たちの子どもを見守る肯定的な眼差し」です。今日お伝えしたいのはこのことです。
なにをしないといけない。これができないといけない。そうじゃなくて、「生まれてきてくれてありがとう。あなたがいてくれて幸せだよ」このメッセージをまち全体で、子どもたちに届けていけばいいだけなんです。

最後に――
冒頭でお伝えした「子どもの権利条例」。この条例ができて、来月から施行されるというときに市民への報告集会で説明していたとき、突然子どもたちが出入口からなだれ込んできました。
「あら、今日はきみたちの出番がないんだけど、どうしたの?」
「わかってる。私たちも最後の会議が終わったの。そうしたらまだ説明・報告会が続いていると聞いたので、私たちからもひと言だけ言いたいことがあって、来てみたの。にしやん、マイク貸してよ」
いちばん年長の子がマイクを持ち、言った言葉……。

まず、大人が幸せにいてください。大人が幸せじゃないのに、子どもだけ幸せにはなれません。大人が幸せでないと、子どもに虐待とか体罰が起きます。条例に「子どもは愛情を持って育まれる」とありますが、まず家庭や学校、地域のなかで大人が幸せでいてほしいのです。子どもはそういうなかで、安心して生きることができます。

やられた!と思いました。こっちは条例をつくっただけでドヤ顔をしていたのに、子どもは先の先まで読んでいた。ほんと恥ずかしかったです。このエピソードで締めようと思います。長い時間、聞いていただいてありがとうございました。

(後編では、質疑応答とパネルディスカッションの内容をお伝えします)

編集:甲田智之