大岩功さん
ちゅうか里山留学協議会/はにわの森
まにわ里山留学特集_前編 〜“里山にまみれる。こころ、動き出す”とは〜
- 岡山県北部に位置する真庭市で、都会では味わえない『里山留学』がひっそりと息づいています。その名も『まにわ里山留学』。1泊2日から1年以上にわたる滞在が可能で、小・中学生の子どもたちが、里山の自然と共に暮らしながら、さまざまな体験を通して心を動かし、自分自身と向き合う時間を過ごします。『里山にまみれる。こころ、うごきだす。』——このキャッチコピーに込められた思いは、里山の暮らしそのものです。火をおこし、水をくみ、自然の中で生きるための知恵を学ぶこと。昔ながらの知恵を受け継ぐ体験を通じて、子どもたちは人と自然、そして世界との『つながり』を体感していきます。
このプログラムを先導するのが、プロジェクトマネージャーの大岩功さんです。子どもたちと保護者、地域や行政と対話を重ね、共に留学の形を作り上げてきた大岩さんに里山留学の意義や未来についてお話を伺いました。
- 【まにわ里山留学ホームページ】
- https://maniwa-satoyama.com/
- インタビュー:大岩功さん(ちゅうか里山留学協議会/はにわの森)
- プロジェクトを始めたきっかけと背景を教えてください。
- 僕が小学校4年生くらいの時に、真庭市の中和(ちゅうか)地区に遊びに行くようになりました。そこで、子どもの頃にすごく楽しかったっていう体験が僕の中にまずあります。大阪で学校の教員をしていたのですが、田舎暮らしをしながら自分らしいライフスタイルを築きたいと考えた時、「お世話になったあの村に何かお手伝いできることはないかな」と思い、7年前に中和へ移住しました。実際に来てみると、小学校の生徒数はどんどん減っていて、集落の中心である神社と小学校が一体となっている場所を、これからも子どもたちが集える、賑やかな場所にしたいという集落の皆さんの思いを伺いました。そこで、自分が子どもの頃に体験したように、子どもたちがこの村に遊びに来られる環境を作れたらと思い、なにかお手伝いできることがないかなと、そういった思いから始めました。
- まにわ里山留学で用意している3つのコース(短期・中期・長期)について教えて下さい。
- そうですね、短期コースは1泊2日とか2泊3日とか、まあとにかくイベント的に、里山に飛び込んで宿泊してみるって感じの里山体感プログラムです。里山にまみれるって私たちは言ってますけど、まみれてみると、こんな大声出しても怒られないんだ!とか、こんなに虫がたくさんいるんだ!とか、朝の霧がちゃんと晴れていくんだ!とかの合間合間に一緒に,お味噌汁を初めて作ってみたりとか、湧き水でドラム缶風呂を沸かしてみるとか、普段自分の家だとなかなかできない体験を楽しむっていう、そんな感じの時間ですね。
- 中期コースは夏休みや冬休みなどを利用して1週間ほど滞在します。1週間くらいになると短いながらも「暮らし」が生まれてくるので、自分たちで工夫を生み出さないといけなくなる。日々の食事を考えるにしても工夫をしないと自分たちのレパートリーはどんどんなくなっていくわけですよ。ハンバーグ好きだけど、昨日ハンバーグ作ったし…みたいな。じゃあ、副菜はどんなのを作るか。そういうものをスタッフのファシリテーターたちと一緒に、じゃあこんなの作ってみようかとかあれこれ言って、今ある素材を工夫して加工して、美味しく楽しく過ごす、みたいなのがプログラムの中心になっています。お盆の夏祭りの時期にやることが多いので、地域の夏祭りにみんなで参加したりして、ちょっと地域の方との接点が生まれたりとか、こういう村なんだなというのが実感できたりとかそういう要素も少し入れながらやっています。
- 長期コースは1年間、ホストファミリーと一緒に暮らしながら、地元の小・中学校に通います。
1年間暮らすわけですから、ただ単に過ごすわけではないわけです。自分が生まれ育った土地を離れるっていうことは、子どもの頃には選べないことがほとんどです。でも、そうやって遠い世界でどんな人々が住んでいて、どんな暮らしを営んでいるのかっていう想像もできなかったようなところに、自分が飛び込んでみるという体験を小学校の頃からでもできる環境を整えていくということがすごく重要だろうというふうに私たちは思っております。
こういう里山に来ますと、四季の移ろいがわかります。朝、夕、寒いからお風呂上がりにちゃんと羽織ったりしないといけないとか、湿気も多かったり、虫が入ってこないように網戸をちゃんと閉めたりとか、そういう手間がかかることっていうのもいっぱいありますよね。でも生き物の気配に常に包まれていて、カエルが窓に張り付いていて、そのカエルが小さな蚊を食べる様子であったりとか。あるいは、一緒に種をまいた野菜がどんどん育っていって、それを自分たちで食べるとか、そういうものを一年間通して里山での暮らしっていうものを一緒に能動的に暮らすっていうことが、想像力の源になる原体験であるかなと思っています。 - 【まにわ里山留学YouTubeチャンネル】
https://www.youtube.com/@maniwa-satoyama - まにわ里山留学の特徴はどんなものがありますか?
- 「暮らし」をテーマにしているので、ささやかにちゃんと暮らすということを大切にしています。ひと手間かけて、羽釜でご飯を炊いたり、ひと手間かけて、おいしいものを仲間たちのために仕込んだりするということの中に、実は必要な自然体験や生活体験というものがあって、十分な学びの要素があるのではないかと思っています。それを対話しながら他者と共有していくということが、あえて言うと特徴だと思います。
- 今年の4月から長期コースの運用が始まりましたが、実際に生活をしている留学生の1日を教えてください。
- 今年の長期コースには、小学6年生の男子生徒が参加しています。平日は、ホームステイ先で朝ごはんを食べてから小学校に通い、少人数のクラスで輪になって、対話を通じた授業を受けています。放課後には友達の家でゲームを楽しんだり、一緒に田植えやかぼちゃの収穫をしたりと、のんびりとした時間を過ごしています。また、週に1回は「アジト」という場所で、学童のような活動を行い、週末の体験活動の計画も話し合います。「次は何をしたいか」「食材は何を準備するか」といった具体的な内容をみんなで決めます。
ホームステイ先に戻ると、ホストファミリーと一緒に晩ごはんを食べたり、将棋をさしたり、穏やかな夜を過ごして一日が終わります。
休日は「はにわの森」という体験施設で過ごします。ここでは、ホストファミリーの家とは違い、全て自分たちでご飯を作り、遊びの内容も自分たちで話し合って決めます。土日をどう楽しむか、例えば持参したボードゲームで遊ぶ時間や、森でテントを張ってのキャンプも、子どもたちの手で進められます。夕食後、ライトを持って森を散策し、テント場に向かい、秘密基地のように寝袋を並べて星空の下で夜を過ごすこともあります。施設内ではベッドがある部屋で泊まることもありますが、自然の中で仲間と寝泊まりする経験が特別な思い出となります。
翌朝はまた自分たちで朝食を作り、自由時間を楽しんで昼食をとった後、ホームステイ先に帰るという感じです。 - 長期コースの期間中、留学生の保護者との連絡はとりますか?
- そうですね。毎週1回か、各週1回ぐらいスタッフがホームステイ先に訪問して、留学生が元気に過ごしているか確認し、家族とオンラインでつないで、ホストファミリーと里山留学スタッフとで顔を合わせながら近況報告をします。こんなことで褒められたみたいですよとか、寒くなってきたので次回来る時には長袖持ってきてくださいねとか、そういう連絡をしたりしていますね。
- まにわ里山留学は現状、中和(ちゅうか)地区で実施していますよね。中和地区だからうまくいっているというような部分があれば教えてください。
- 恐れずに言うと、特別なことは何もしていませんし、中和が特別な場所ではないと思いますから、どこでも誰でもできることだと思います。ただ、どこでも誰でもできる「ちゃんと暮らす」ということが、実はものすごい教材としての価値があって、中和は「ちゃんと暮らせる場所」というふうに考えています。例えばですけど、都会のマンション暮らしでみんながちゃんと暮らせていると感じているのであれば、そこでもできると思うんですよ。ただ、これは僕の偏見かもしれませんけど、都会のマンションではちゃんとした暮らしができないと感じている方も多いのではないかと思います。じゃあ田舎ならできるのか、中和の里山ならできるのかって挑戦的に尋ねられたとすると、こっちならできることもありますし、できないこともありますとしか言いようがないのかなとは思います。
- まにわ里山留学が目指している目的はなんですか?
- 日々の暮らしの中にこそ、世界の紛争や悲しみの連鎖を止めるきっかけとなるような、祈りにも似た生き方を見つけることができるのでは、と僕は思っています。薪を集めて羽釜でご飯を炊くそばでは、別の木々が成長し、小さな生態系が循環しています。自分たちで少しだけですが米を作り、その米をいただく生活も、この星の自然とつながった循環の一部です。こうした里山の暮らしを通じて、『この豊かな自然の中で、こんなにも幸せに生きられる』と感じることができます。そうした感覚が、まるで音楽や共鳴のように広がり、世界中に響き渡っていくことを目指しています。
- 留学を経験した子どもたちにどのような成長がもたらされると考えていますか?
- “自分はどこでも生きていけるかもしれない”と思えるようになってほしいですね。「置かれた場所で咲きなさい」という考え方も大切ですが、時には自分から動いて、新しい環境で暮らしてみてもいいですよね。なぜなら、その場所にも暮らしている人々がいて、さまざまな暮らしが営まれているからです。世界中には、同じように村があり、そこには子どもたちやお年寄りがいて、みんなでこの星を分かち合って生きています。里山留学では、『共生の約束』という言葉を使っていますが、留学を通じて、この星を共に生きるための約束を感じ取ってもらえることを願っています。
- 今後どのような方に参加して欲しいですか?
- 里山留学を選ぶ保護者というと、教育に強い思いがあり、子どものために良い環境を整えたいと考える、いわゆる熱心な方が多いというイメージがあるかもしれません。でも、子どもにだけチャレンジングな環境を与えるのでなく、保護者の方も一緒にその体験を作り上げていけたら嬉しいなと思っています。大切なのは、異なる暮らしを同時に知ることだと思います。
自分が育った家庭での暮らしと里山留学での暮らし、どちらが良い悪いという話ではなく、「こういう暮らしもあるんだ」「ああいう暮らしもあるんだ」ということを両方知ることが、面白いことだと思うのです。
ですので、教育に熱心であるかどうかというよりも、「こんな暮らしもあるんだな」と子どもと一緒に面白がってくれるような保護者の方と出会えるととても嬉しいですね。 - 今後、まにわ里山留学をより発展させていくビジョンなどありますか?
- 少し高望みかもしれませんが、エコでエシカルな暮らしをしたいと思っている人は意外と多いのではないでしょうか。親御さんたち自身がそういう生活をしてみたいという思いもあるでしょうし、子どもたちも環境を変えてみたいと思っているケースが意外に多いと感じます。今の暮らしに違和感を覚えていたり、まったく違和感がないとしても新しい場所で自分を試してみたいと思っている人たちに、この活動の存在をもっと伝えていきたいですね。そして、その情報が届いたときに「行ってみようかな」と思ってくれる子たちが増えてくれたら嬉しいです。「里山」という言葉自体は比較的新しいかもしれませんが、日本が自然とともに築いてきた、素晴らしい教育環境・住環境だと思います。このような空間に関わりたいと思っている人たちは、日本人だけに限らず、さまざまな国の方がいるでしょう。そうした多様な人々が集まって、ごちゃまぜになって新しいコミュニティができれば、さらに面白くなるかもしれないですね。
- 後編へ続く (聞き手・編集 池田 将)